AIとクリエイティブ産業

コラム
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過去にも何度か取り上げていますが、クリエイティブ産業におけるAI活用が進んでいます。
よく話題に上がる画像生成だけではなく、AIによる作曲のクオリティがかなり高くなってきました。
また最近大きな話題になったこととして、芥川賞を受賞した九段理江さんが、生成AIを活用していたというニュースがありました。
芥川賞作「ChatGPTなど駆使」「5%は生成AIの文章そのまま」 九段理江さん「東京都同情塔」
AIによる作曲「suno.ai」

著作権とAIについての議論

AIを利用したクリエイティブワークでは、著作権やオリジナリティを主題とした議論が続いています。

AIの学び構造

AIによる創造では、まず、画像・文章・音楽などを入力し、AIは何らかの形で処理をしてそれを蓄積します。(学び、とします)
そして実際に創造をするタイミングで、AIは人間の指示に応じて蓄積したデータから新しい作品を出力します。
上記のようなシステムの構造、すなわちAIは人間が作成した作品を何らかの形で処理し蓄積したのであるから、そこから生成されたものは著作権を侵害している、オリジナリティがないものである、という主張は確かに成り立ちそうな気もします。
特に画像生成の分野では、自分のイラストを無許可でAIに学ばせるのは著作権侵害である、AIで生成したものはイラストとは呼べない、という方も多くいらっしゃいます。

人間の学び構造

一方、哲学的な観点で考える方の中には、AIの一連の処理は人間の学びと何が違うのか、という意見を持っておられる方もいます。
人間は他人の作品を見聞きし、それを何らかの形で脳に蓄積し、アウトプットする時にはそれらの記憶から新しいものを生み出すことがあるからです。
これはAIの処理構造と違いがないように見えます。

九段さんは議論を飛び越えた

冒頭に戻りますが、九段さんの芥川賞の受賞は、AIと著作権の関係性、オリジナリティを論じている方々に一石を投じました。
九段さん曰く生成AIを活用して作品を作っただけではなく、「5%は生成AIの文章そのまま」ということだったからです。
先述の議論の決着を待たず、九段さんはAIを活用して本を書き上げ、芥川賞を受賞してしまったわけです。 ※物語の中にAIがでてくる場面があり、そこにAI出力の文章をつかったとのこと
ただ、法的にはすでに上記の課題についての解釈が存在しています。
以下にそれを記載します。

文化庁の、AIと著作権に関する見解

ここで一度、文化庁が出している(2023年5月)AIと著作権に関する見解について、簡単にまとめてみます。
文化庁の見解では、AIと著作権の関係について、以下3点を分けて考えるべきであるとしています。
  1. AIの開発、学習段階
  2. 生成・利用段階
  3. AI生成物が著作物にあたるのかどうか

1.AIの開発、学習段階

文化庁の見解 AI開発のための情報解析のように、著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用行為は、原則として著作権者の許諾なく行うことが可能です。
※感情の享受とは「著作物の視聴等を通じて、視聴者等の知的・精神的欲求を満たすという効用を得ること」と定義されています。

2.生成・利用段階

文化庁の見解 AIを利用して画像等を生成した場合でも、著作権侵害となるか否かは、人がAIを利用せず絵を描いた場合などの、通常の場合と同様に判断されます。
既存の著作物との「類似性」及び「依拠性」が認められるAI生成物について、こうしたアップロードや販売を行うには、既存の著作物の著作権者の利用許諾が必要であり、許諾なく行った場合は著作権侵害となります。
※AIの出力物であろうが人間の作品であろうが、作品が既出のものと似ているかどうかの判断基準は変わらない。

3.AI生成物が著作物にあたるのかどうか

文化庁の見解 AIが自律的に生成したものは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、著作物に該当しないと考えられます。
これに対して、人が思想感情を創作的に表現するための「道具」としてAIを使用したものと認められれば、著作物に該当し、AI利用者が著作者となると考えられます。
※「AIは道具に過ぎない」と解釈してよさそうです

簡単にまとめると

日本法においては、AIにデータを蓄積すること自体は著作権には違反しない、ということになっているようです。
あくまでもAIから出力された結果を、誰かが「公(おおやけ)」にしたときに、既出の作品に類似していた場合は著作権法に違反する、ということです。
先ほどの哲学的な観点での考え方に乗っ取っているといえそうです。
九段さんはおそらく上記の著作権法での解釈も理解したうえで、自分の創作にAIを利用したものと思われます。

未来への展望

九段さんのように、権威ある賞を受賞した方がAIを利用した、という発言をしたことにかなりの注目が集まっていますが、すでに多数のプロクリエイターがAIを利用して創作活動を行っています
もちろん、プロですから著作権には十分に配慮した形で活用をしているでしょう。
話は少し変わりますが、将棋AIが人間より強くなったことで何が起こったかをご存じでしょうか。
人間の将棋のレベルが格段に上がったそうです。
藤井壮太さんが、高性能のPCを利用してAIで将棋の研究をしているのはよく聞かれる話です。
私は、将棋と同じように、人間による創作もAIを利用することでレベルが上がっていくのではないかと思っています。
また、AIに学ばせること自体を違法としなければならない、という主張にはかなり違和感を感じています。だったら人間が誰かの作品を見て学ぶことも違法ではないでしょうか。
AIは道具に過ぎないわけですから、あくまでもAIを利用した人間が作品に責任を持つべきではないでしょうか。
AIをクリエイティブ領域に活用することを制限するのはかなりもったいないなあ。。と考えています。
この問題、皆さんはどのように考えますでしょうか?

AIは自我を持って作品を作ることができるのか

AIが自我をもって作品を創造するようになったら、どうなるのでしょうか。
AIが自律的に生成したものは、「思想又は感情を創作的に表現したもの」ではなく、著作物に該当しないと考えられます。
という見解がありましたが、自我をもって自律的に生成しはじめたらこの解釈は変わっていき、その著作権がだれにあるのか、という議論が起きそうです。
その前にAIは自我を持つことができるのでしょうか。
AI自体が自由に物事を体験できる身体と、自由な思考を与えられなければ自我は芽生えそうにありませんが、想像するとてもワクワクしますよね。
いつか自我を持ったAIと友達になってみたいものです。